まだ、発達障害という名前がないとき

2025.11.24

「障害」と「普通」のはざまで揺れた日々

自発的な希望ではない成り行きで、療育関連の仕事についていた私が、続々と診察室に現れる不思議な子どもたちをどうとらえればよいのか混迷した時期です。それまでの、「障害」と「普通」を分けるための診断が簡単にできないことに気が付き、自分の内面の診断の基準が大混乱していました。

同時期に、大学病院で新生児期にリスク(低出生時体重児や周産期異常、先天性代謝疾患など)があった子どもたちのその後の成長をチェックする研究に携わっていたのですが、成長の仕方が教科書通りではない子どもたちをどう考えるかに悩まされました。

これは普通なのか?異常なのか?揺れに揺れた小児科医でした。

「アスペ・エルデの会」の設立

アスペ・エルデの会という老舗のNPO団体がこのころ(1991年ごろ)に発足したので、設立当時から活動に参加しています。どこの専門機関にも、今日では発達障害児と診断される子どもたちが多数押し寄せ、対応どころか診断も確立していなかったため、あらゆる現場を混乱させていました。

とりあえず、地域の複数の専門機関が協力して対応を考えていこうという方針で、当時名古屋大学の教育学部に籍を置いていた辻井正次先生の呼びかけで設立されたのが、アスペ・エルデの会でした。
アスペはアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症ASDの中の一つの分類として当時は使用されていた、知的障害が著明でないASD)、エルデはLD(学習障害の略)から命名されたのでした。

大学生ボランティアを大規模に募集し、当時、活動に参加してくれた学生さんたちが現在の中堅から指導的な専門家に育っています。活動は当事者とその家族だけではなく、医療、心理、福祉、教育の専門家、学ぶ意欲にあふれた学生さんたちで構成される、当時はもちろん、今でも数が少ないNPO団体でした。

© 2025 Michiko Ishikawa